海外拠点の未来を担う人材育成の切り札?新在留資格「企業内転勤2号」の全貌と戦略的活用法
- takeshi kawamoto
- 7月31日
- 読了時間: 15分
見過ごされてきた海外拠点の人材課題 ― 「これは、うちの会社のことだ」
海外に展開する製造業の経営者や人事担当者の方なら、一度はこんな思いを抱いたことがあるかもしれません。海外の子会社を訪れた際、活気ある現地の様子に手応えを感じつつも、心のどこかで拭いきれない不安がよぎる。「日本本社の『マザー工場』が持つ、あの独特の『ものづくり』の精神や、言葉にしにくい暗黙知は、本当に現地スタッフに伝わっているのだろうか」「多額のコストをかけて育成した現地のマネージャーが、昨年、競合他社に引き抜かれてしまった。どうすれば、会社への忠誠心を育み、安定したリーダー層を確保できるのだろうか」。
あるいは、こんなジレンマに頭を悩ませてはいないでしょうか。「現地に派遣した日本人駐在員は本当によくやってくれている。しかし、彼らの負担は限界に近く、現地スタッフとの間には見えないコミュニケーションの壁がある。まるで一つの屋根の下に、二つの会社が存在しているようだ」。
このような焦りやもどかしさは、決してあなただけの悩みではありません。多くの日系企業が、グローバル化の進展とともに同じ課題に直面しています。そして今、こうした現場の切実な声に応えるかのように、日本の政府が新たな一手となる制度を打ち出そうとしています。それが、新しい在留資格**「企業内転勤2号」**です。
この制度は、単なる法改正ではありません。これまで多くの企業が直面してきた、海外拠点における人材育成の構造的な課題を解決するために設計された、極めて戦略的なツールです。人手不足への対策という側面だけでなく、日本の産業競争力をグローバルな視点で強化しようという、強い意志が込められています。この記事では、まだ謎の多い「企業内転勤2号」の全貌を、どこよりも詳しく、そしてやさしく解説します。皆さまの不安を希望に変えるための、具体的な活用戦略までを一緒に考えていきましょう。
日本の外国人材制度、大変革の時代へ ― なぜ今、新しい在留資格なのか?
今回の「企業内転勤2号」の創設を理解するためには、まず日本の外国人材受入制度全体が、今まさに歴史的な転換点を迎えていることを知る必要があります。
2024年6月、長年にわたり議論が重ねられてきた「出入国管理及び難民認定法」の改正法が成立しました。この改正の最も大きな柱は、国際貢献を掲げつつも、実態としては労働力の確保という側面が強かった「技能実習制度」を廃止し、新たに「育成就労制度」を創設することです 。
しかし、ここで重要なのは、「企業内転勤2号」がこの「育成就労制度」とは全く別の制度として位置づけられている点です。
育成就労制度: 主に人手不足が深刻な分野で、幅広く外国人材を確保し、育成することを目的とした制度です。技能実習制度の課題であった人権問題やキャリアパスの不透明さなどを解消し、3年間の就労を通じて「特定技能1号」のレベルまで人材を育てることを目指します 8。これは、いわば日本の産業全体を支えるための、公的な人材育成の仕組みと言えます。
企業内転勤2号: これに対し、「企業内転勤2号」は、かつての技能実習制度の中にあった「企業単独型」という仕組みの後継とされています。企業単独型は、海外に子会社や関連会社を持つ企業が、自社のグループ内で人材を異動させ、技能を移転させるための制度でした 。新しい「企業内転勤2号」は、この考え方を引き継ぎ、あくまで一企業グループ内での閉じた人材育成に特化しています。その目的は、人手不足対策ではなく、企業のグローバルな競争力強化という、より明確な産業政策的な意味合いを持つのです。
この法改正の背景には、「外国人に選ばれる国になる」という政府の新たなビジョンがあります 。これまでの制度が複雑で分かりにくいとの批判を受け、目的別に制度を整理し、外国人材が自身のキャリアを明確に描けるようにしようという意図がうかがえます。つまり、日本の産業を広く支える「育成就労」というトラックと、個々の企業のグローバル戦略を後押しする「企業内転勤2号」という、明確な**「二つのトラック(複線)」**を整備したのです。この違いを理解することが、自社に最適な制度を選択する第一歩となります。
「企業内転勤2号」と関連在留資格の比較
徹底解説!新在留資格「企業内転勤2号」の核心
それでは、現在有識者懇談会で議論されている「企業内転勤2号」の具体的な要件案を、一つひとつ詳しく見ていきましょう。これらの議論の中には、制度設計における政府内の葛藤や、企業が将来直面するであろう課題のヒントが隠されています。
目的と活動内容:日本の「マザー工場」がグローバル人材育成の拠点に
この在留資格の根幹をなす活動は、「本邦の事業所で講習を受け、技能等に係る業務に従事する活動」とされています。これは、海外の現地法人で働く有望な人材が、日本の「マザー工場」で製品製造に関する知識や最先端の技術をタイムリーに習得することを目的としています。
重要なのは、座学のような「講習」だけでなく、現場でのOJT(On-the-Job Training)を含む「業務」が明確に認められる点です 。これにより、これまでグレーゾーンとされがちだった、生産ラインでの実践的な訓練が合法的に行えるようになり、より柔軟で効果的な技能移転が可能になることが期待されます。
在留期間:揺れる「1年」の壁 ― 人材育成と濫用防止のジレンマ
現在、在留期間は**「通算して1年まで」**とすることが検討されています。しかし、この期間をめぐっては、有識者懇談会で意見が真っ二つに割れており、この制度が抱える根本的なジレンマを象徴しています。
「1年では短すぎる」という意見: 製造業の関係者などからは、強い懸念が示されています。製品サイクルが速く、複雑な技能の移転には時間がかかるため、「1年ではようやく作業に慣れたところで終わってしまい、本来の目的である高度な技能移転や本人のキャリア形成にはつながらない」という指摘です。このため、上限を3年に延長するか、やむを得ない場合に限り1年を超える在留を認めるなどの柔軟な対応を求める声が上がっています。
「1年は妥当」という意見: 一方で、別の有識者懇親会の構成員からは、提案されている1年という期間は妥当であり、安易な延長は認めるべきではないとの意見も出ています。これは、かつての技能実習制度が、本来の趣旨から外れて安価な労働力の確保策として利用され、様々な問題を引き起こしたことへの反省が背景にあります。制度の濫用を防ぎ、厳格な運用を担保したいという考えです。
この対立は、単なる期間設定の問題ではありません。「企業の国際競争力強化を最大限に支援したい」という産業政策的な要請と、「在留管理を厳格に行い、制度の濫用を防ぎたい」という出入国管理上の要請との間の綱引きそのものです。最終的に省令でどちらの意見がより強く反映されるかによって、この在留資格の使い勝手は大きく変わってくるでしょう。企業にとっては、この期間が自社の人材育成計画に見合うものかどうか、極めて重要な判断材料となります。
受入企業の要件:企業の「本気度」が問われる厳格な基準
この制度は、どんな企業でも利用できるわけではありません。受け入れる企業側にも、相応の体制と覚悟が求められます。
事業規模: 受入企業の常勤職員が**「20人以上」**であることが検討されています。しかし、これに対して「国際的な転勤を受け入れる企業の体力として20人では不十分」とし、「100人程度」あるいは「上場企業など(いわゆるカテゴリー1企業)」に限定すべきだという厳しい意見も出ています。その狙いは、法令遵守意識が高く、問題発生時にも対応できる体力のある企業に絞ることで、実質的な濫用防止策とする点にあります。
受入人数枠: 受け入れる外国人の数は、受入企業の常勤職員数の**「5%まで」**とする案が検討されており、この点については概ね妥当であると受け止められています。
常勤職員の定義: さらに、「常勤職員」の数には、指導するほどの技能を持たない技能実習生(育成就労者)や特定技能1号外国人は含めるべきではない、という重要な指摘もなされています。これは、名ばかりの受入体制ではなく、実質的な指導能力を求めていることの表れです。
対象となる外国人の要件:真の転勤者を迎え、ブローカーを排するために
受け入れる外国人本人にも、新たな要件が課される見込みです。
転勤元での1年以上の勤務経験: これは、現行の企業単独型技能実習にはなかった、全く新しい要件です。受け入れる外国人が、転勤元となる海外子会社等で**「1年以上継続して勤務している」**ことが求められます。このルールの目的は明確で、転勤元が実態のないペーパーカンパニーであったり、ブローカーが制度を悪用して日本で働きたいだけの人を「社員」として送り込んだりすることを防ぐためです。
企業の証明責任: この勤務経験の真実性を担保する責任は、外国人本人だけでなく、受け入れる日本企業にも負わせるべきだ、という厳しい意見が出ています。「企業の転勤」である以上、その社員の経歴は企業が最もよく知るはずであり、企業が責任を持って証明すべきだという考え方です。
報酬と家族帯同:生活基盤への配慮と今後の課題
報酬: 受け入れる外国人が、同等の業務に従事する日本人と同等額以上の報酬を受けることが要件となります。これは、外国人材の制度において標準的な要件であり、特に異論は出ていません。
復職要件: 技能移転を確実なものにするため、帰国後に**「日本で習得した技能を要する業務に復職することが予定されていること」**を要件に加えるべきだという意見があります。これは、この制度の本来の目的を担保するための重要な仕組みです。一見すると当然の要件ですが、これは日本本社が、育成した優秀な人材をそのまま国内の労働力として「引き抜く」ことを防ぐ、という深謀遠慮も含まれています。あくまで海外拠点の強化が目的であり、国内の人手不足解消の抜け道にしてはならない、という政策的な意図が透けて見えます。
家族の帯同: 現状の法律では、家族の帯同は認められていません。しかし、構成員からは「長期間家族と離れて暮らすことが、本人の精神状態や研修の成果に悪影響を及ぼす場合がある」として、企業が生活費などを含めて全面的にサポートできる体制を整えている場合に限り、例外的に認めても良いのではないか、という人道的な配慮を求める声も上がっています。今後の議論の行方が注目される点です。
単なるビザではない。「企業内転勤2号」を組み込んだグローバル人材戦略
ここまで見てきたように、「企業内転勤2号」は非常に戦略的な在留資格です。しかし、この制度を導入するだけで、自動的に海外拠点の人材問題が解決するわけではありません。このビザはあくまでツールであり、その効果を最大化できるかどうかは、企業のグローバル人事戦略そのものにかかっています。
現状の課題を再確認する:自社のグローバル人材育成の現在地
この新しい制度の活用を検討する前に、まずは自社の現状を冷静に分析することが不可欠です。以下の問いに、自社は明確に答えられるでしょうか。
そもそも自社にとっての「グローバル人材」とは、どのような人物ですか?単に「英語が話せる人材」といった曖昧な定義になっていませんか?
現地に派遣している日本人駐在員は、マネジメントや人材育成の訓練を受けていますか?それとも、優れた技術者ではあるものの、リーダーシップの役割に苦慮していませんか? 4
意欲と能力のある現地スタッフに対して、将来の幹部候補としての明確なキャリアパスを示せていますか?それとも、重要なポジションはすべて日本人駐在員が占めるという「ガラスの天井」が存在し、彼らのモチベーションを削いでいませんか?
これらの問いに自信を持って「はい」と答えられない場合、まず取り組むべきは、ビザの申請手続きではなく、自社のグローバル人事戦略そのものの見直しです。
戦略的キャリアパスの設計:現地採用から未来の幹部へ
「企業内転勤2号」は、現地スタッフに具体的なキャリアの道筋を示すための、またとない機会を提供します。この制度をキャリアパスに組み込むことで、優秀な人材の定着率向上とモチベーション維持に繋げることができます 。
【キャリアパス設計例】
入社1~3年目(現地法人): 現地法人で採用。日々の業務を通じて、高い潜在能力と意欲を示す。
4年目(日本本社): 社内公募や推薦により**「企業内転勤2号」**プログラムの対象者として選抜。日本のマザー工場へ。
5年目(現地法人): 1年間の研修を終え、高度な技能と日本本社の文化や価値観への深い理解を携えて現地法人に帰任。チームリーダーなど、一段上の役割を担う。
8~10年目以降(現地法人): 現場での実績を積み、将来の工場長や部門マネージャー候補として、現地と本社をつなぐ重要な架け橋となる。
このような道筋を示すことで、現地スタッフは目の前の仕事の先に、自身の成長と未来を描くことができます。それは、目先の給与だけでは得られない、企業への強いエンゲージメントを生み出す源泉となるでしょう。
「マザー工場」の体制構築:受け入れは全社的なプロジェクト
外国人材を日本に呼ぶだけで、魔法のように技能が移転するわけではありません。受け入れる側の「マザー工場」が、育成の拠点として機能するための体制を構築することが不可欠です。
専任のメンター制度: 技術指導はもちろん、日本の職場文化や生活面での相談にも乗れる専任のメンターを配置することが重要です。メンターには、技術力だけでなく、異文化コミュニケーション能力も求められます 。
体系的な研修カリキュラム: 「現場を見て覚えろ」という旧来のやり方では通用しません。明確な目標、マイルストーン、評価方法を定めた、体系的な研修プログラムを設計する必要があります 。
言語・生活面のサポート: 本人にある程度の日本語能力があったとしても、専門用語の多い職場でのコミュニケーションや、日本での日常生活における細かな手続きなど、会社としてのサポート体制は不可欠です。孤立を防ぎ、研修に集中できる環境を整えることが、結果的に投資効果を高めます 。
日本人従業員の意識改革: 最も大切なことの一つは、受け入れ職場の日本人従業員に、このプログラムの戦略的な重要性を共有することです。研修生を「一時的な助っ人」ではなく、「将来の海外拠点を担うリーダー候補」として迎える意識が、温かい雰囲気と円滑な知識移転を促進します。
施行に向けて、今から始めるべきこと
「企業内転勤2号」の全貌が見えてきた今、企業は施行を待つのではなく、今日から準備を始めるべきです。
情報収集と施行スケジュールの確認
まず、今後のスケジュールを把握しておくことが重要です。改正法は2024年6月に公布され、その日から3年以内に施行される予定です。そして、今回解説してきたような制度の細かな要件を定める関係省令は、2025年3月頃にパブリックコメント(意見公募)が行われ、2025年夏頃に公布される見込みです。
実際に外国人材の受け入れが可能になるのは、これらの省令が公布され、制度が施行されてからとなります。出入国在留管理庁や有識者会議のウェブサイトで、最新の公式情報を継続的に確認することが肝要です 。
グローバル人事戦略の見直しと計画策定
省令の公布を待っていては、スタートダッシュで他社に遅れをとってしまいます。今から以下の準備を進めましょう。
ビジョンの明確化: 自社の海外戦略を再確認し、その中で人材育成がどのような役割を果たすのかを定義します 。
候補者のリストアップ: 海外拠点の従業員の中から、このプログラムの候補者となりうる、意欲と潜在能力の高い人材を今のうちからリストアップしておきます。
予算計画: 研修生の給与や渡航費、住居費、そして研修プログラムの構築にかかる費用など、必要なコストを試算し、来年度以降の予算計画に組み込んでおくことが賢明です。
「企業内転勤2号」活用に向けた準備チェックリスト
変化をチャンスに変えるために
新しい在留資格**「企業内転勤2号」**の創設は、単なる在留資格の追加ではありません。それは、海外展開を行う日本企業に対して、国が「これからは、このような形でグローバルな人材育成に本気で取り組んでみませんか」と投げかける、強力なメッセージです。
この変化を、単なる手続きの増加と捉えるか、それとも長年の課題であった海外拠点の人材育成を根本から見直し、真のグローバル企業へと脱皮する絶好のチャンスと捉えるか。その差は、数年後に企業の国際競争力における決定的な違いとなって表れるかもしれません。
現時点ではまだ詳細な情報が確定していない状況ですが、このような新しい制度の導入に際しては、早期に自社の海外戦略や人材育成計画にどのように組み込むかを検討し、戦略を構築することが不可欠です。
行政書士法人HR BRIDGE国際法務事務所では、このような複雑な法改正や制度設計の動向を踏まえ、企業の皆様が外国人材を適正かつ効果的に活用できるよう、最新の情報に基づいた専門的なサポートを提供しております。どうぞお気軽にご相談ください。

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