【最新のニュースから紐解く外国人雇用と不法就労】ミャンマー人の雇用これから大丈夫?!
- takeshi kawamoto
- 7月24日
- 読了時間: 18分
はじめに
2025年7月、日本経済新聞は、ミャンマーの軍事政権が自国民の海外就労を制限し始めたと報じました。この報道は、製造業、介護、外食産業など、幅広い分野でミャンマー人材に依存してきた日本企業に深刻な懸念を投げかけています。この動きは単なる一時的な手続きの遅延ではなく、ミャンマー軍事政権の国内事情、特に徴兵制の施行と深刻な人材流出への危機感に根差した、構造的な政策転換の表れです。
本記事は、この複雑な状況に直面する企業の経営者および人事担当者に向けて、専門的な法的・実務的分析を提供するものです。ミャンマーの出国規制の具体的な内容を解き明かし、それが「在留資格認定証明書(COE)を取得済みで入国を待つ人材」「現在日本で就労中の人材」「これから採用を検討する人材」という三つの異なるシナリオにどのような影響を及ぼすのかを詳細に分析します。
さらに、特定技能制度におけるミャンマー特有の複雑な行政手続きを他国と比較し、その特殊性を浮き彫りにします。そして、この地政学的リスクがもたらす「不法就労」の危険性、特に雇用主が問われる「不法就労助長罪」という重大な法的リスクから企業を守るための具体的な防衛策を提示します。最終的に、これらの分析に基づき、日本企業が今後ミャンマー人材の雇用とどう向き合っていくべきか、戦略的な結論と行動計画を提言します。
ミャンマー出国規制の現実:国家による管理政策の実態
ミャンマー軍事政権による海外就労制限は、単なる行政手続きの変更ではなく、国家の存続と体制維持を目的とした意図的な管理政策です。その核心には、海外労働許可証の発行管理、厳格な定員制の導入、そして徴兵制の徹底という三つの要素が絡み合っています。
1.1 管理の要:海外労働許可証(OWIC)
ミャンマー国民が海外で就労するためには、ミャンマー労働・入国管理・人口省(MOLIP)が発行する「海外労働身分証明カード(Overseas Worker Identification Card、通称OWICまたはスマートカード)」の取得が法律で義務付けられています 。これは、有効なパスポートや日本の在留資格認定証明書(COE)を所持していても、OWICがなければ空港の出国審査を通過できないことを意味します 。
このOWICの発行プロセスを完全に掌握することで、軍事政権は国民の海外渡航を意のままにコントロールする強力な手段を手に入れています。現在起きているのは、この許可証の発行を意図的に絞り、遅延させることによる、事実上の出国制限です。
1.2 新たな制限措置の解剖
軍事政権が講じている具体的な制限措置は、多層的かつ厳格です。
発行の凍結と遅延: 2025年初頭に新規申請の受付が一時凍結された後、部分的に再開されたものの、数万人規模の申請が滞留していると報じられています。さらに、3月28日に発生した地震で労働省本庁が被災したことなども、行政手続きの混乱と遅延に拍車をかけています 。2025年1月には約5,000件(うち日本行き3,000件)あった発給数が、3月の再開後は月数百から1,000件未満という極端な低水準で推移しており、事態の深刻さを示しています [Nikkei Article]。
厳格な定員制(クオータ)の導入: 軍事政権は、無制限だった海外就労に厳格な上限を設けました。
対日クオータ: 日本向けには、月間1,200人という総数枠が設定されたと業界団体に伝えられています [Nikkei Article]。
送り出し機関別クオータ: 各送り出し機関が日本向けに申請できる人数は、1機関あたり月間わずか15人に制限されました 。これは、以前は特に制限がなかった状況からの劇的な変化であり、送り出しビジネスそのものの存続を脅かすほどの厳しい措置です。
国別の制限: これらの制限は日本に特化したものではなく、タイや韓国など他の主要な労働者受け入れ国に対しても、それぞれ異なる内容の制限が課されており、軍事政権が国別に労働力の流れを管理しようとする意図が明確です 。
この結果、2024年には約3万6,000件発給された日本での就業ビザが、2025年には大幅に減少し、業界団体幹部は「2025年の渡航認可は(2024年比で)半減しうる」との見通しを示しています [Nikkei Article]。
1.3 軍事政権の動機:徴兵と人材流出の阻止
この強硬な政策の背景には、軍事政権が直面する二つの深刻な国家的課題があります。
徴兵制の徹底: 最も直接的な動機は、2024年に導入された徴兵制の確実な執行です。出国制限の対象年齢が男性18歳から35歳に拡大されたことは、徴兵対象年齢と完全に一致しており、兵役逃れを目的とした国外脱出を物理的に阻止する狙いが明白です 。従来は対象外とされていた高度専門職の男性までもが出国停止の対象となっており、政権の強い意志がうかがえます 。
「頭脳流出」と人口減少への危機感: 軍事政権は、内戦と経済の混乱から逃れるための人材流出、いわゆる「頭脳流出(ブレーン・ドレーン)」に強い危機感を抱いています。軍政序列2位のソーウィン国軍副司令官が「人的資源の損失を防ぐため(外国への)移民を慎重に管理する必要がある」と公言したことは、その象徴です [Nikkei Article]。2024年の国勢調査で、新興国でありながら総人口が0.4%減少したという暫定結果は、不完全な調査とはいえ、政権に大きな衝撃を与えました。
この政策は、海外労働者からの貴重な外貨送金という経済的利益を犠牲にしてでも、体制の根幹である兵力の確保と、国家の人的資源の維持という、より優先度の高い目標を達成しようとするものです。このような非経済的な動機に基づく政策は、予測が困難であり、日本企業にとっては極めて不安定なリスク要因となります。
雇用主への影響分析:3つの重要シナリオ
ミャンマーの出国規制は、日本企業の採用活動の各段階にいるミャンマー人材に対して、それぞれ異なる、しかし深刻な影響を及ぼします。ここでは、企業が直面するであろう3つの典型的なシナリオを分析し、それぞれに対する具体的な対応策を提示します。
2.1 シナリオ1:入国待ちの申請者(在留資格認定証明書(COE)取得済み)
問題の本質:時間軸の不一致: 日本の出入国在留管理庁が発行する在留資格認定証明書(COE)の有効期間は、原則として発行日から3ヶ月です 。一方で、ミャンマー側で取得が必須となる海外労働許可証(OWIC)の発行には、新たな規制下で4〜5ヶ月、あるいはそれ以上を要するケースが報告されています 。この結果、日本の入国許可証であるCOEが、ミャンマーの出国許可証であるOWICを取得する前に失効してしまうという致命的な「時間軸の不一致」が発生します。
日本の重要な緩和措置: この膠着状態を打開するため、日本の出入国在留管理庁は、ミャンマー国籍者を対象とした極めて重要な特例措置を講じています。就労関連の在留資格に限り、COEの有効期間を従来の3ヶ月から6ヶ月に延長するというものです 。
雇用主が取るべき具体的行動: この6ヶ月への延長措置は自動的に適用されるわけではありません。雇用主である日本の受け入れ企業が、積極的に行動する必要があります。具体的には、「引き続き、在留資格認定証明書交付申請時の活動内容どおりの受入れが可能である」旨を明記した「申立書」(受入れが可能であることの申立書)を作成し、ミャンマーにいる申請者本人に送付しなければなりません。申請者は、この申立書を他の書類と共に在ミャンマー日本国大使館に提出することで、初めてCOEの有効期間延長が認められます 。したがって、COEを取得済みのミャンマー人を待機させている企業は、直ちにこの申立書の準備・送付を行うことが不可欠です。
2.2 シナリオ2:現従業員の一時帰国
日本側の手続き:見かけ上の簡便さ: 日本の法律上、在留資格を持つ外国人が一時的に母国へ帰国し、再び日本に戻る手続きは非常に簡便です。「みなし再入国許可(Special Re-entry Permit)」制度を利用すれば、出国時に空港で渡される再入国出国記録(EDカード)の該当欄にチェックを入れるだけで、事前の許可申請なしに再入国が可能です。
ミャンマー側の現実:極めて高いリスク: 問題は日本への再入国ではなく、ミャンマーからの再出国にあります。一度ミャンマーへ帰国した従業員は、完全にミャンマーの法律と軍事政権の管轄下に置かれます。
徴兵リスク: 18歳から35歳の男性であれば、本人の意思に関わらず徴兵される可能性があります 。
OWIC再発行リスク: 日本で有効な在留資格を持っていても、ミャンマーからの再出国にはOWICの提示が求められます。一時帰国者に対するOWICの再発行や有効性の確認が、新規申請者と同様に厳しく制限されたり、大幅に遅延したりするリスクが非常に高い状況です 。
法的・実務的推奨事項: 雇用主には、労働者に対する安全配慮義務の観点からも、これらのリスクを明確に説明する責任があります。一時帰国を希望するミャンマー人従業員に対しては、必ず面談の機会を設け、「日本側は再入国を許可しているが、ミャンマー政府が再出国を許可しない可能性があり、その場合は日本での職を失うことになる」という重大なリスクを、書面なども活用しながら、明確に伝達し、理解を得るべきです。日経新聞の記事にある「家財を売ってでもまずは留学で渡航させるか」という父親の苦悩は、このリスクがいかに現実的で深刻であるかを物語っています [Nikkei Article]。
2.3 シナリオ3:今後の新規採用
現在の実現可能性: 上述の各種制限(月間総数枠、送り出し機関ごとの人数制限)により、ミャンマーからの新規採用は、極めて時間がかかり、予測不可能なプロセスとなっています。候補者が見つかったとしても、OWICの発行を待つ期間が数ヶ月から1年以上かかることも十分に考えられます 。
財務・計画への影響: 企業は、ミャンマーからの新規採用を計画する場合、採用サイクルが大幅に長期化することを前提とした事業計画や人員計画を策定する必要があります。また、採用プロセスの最終段階で、ミャンマー側の事情により計画が頓挫する可能性も常に念頭に置かなければなりません。この不確実性は、採用コストだけでなく、事業運営全体のリスクとなります。
「ミャンマー手続き」の解体:特異な複雑性を持つ採用プロセス
ミャンマーからの人材採用、特に「特定技能」ビザにおける手続きは、他の主要な送り出し国と比較して際立って複雑かつ不透明です。この複雑性は、両国間の協力覚書(MOC)が、統制色の強いミャンマー政府の行政システムと組み合わさることで生じています。
3.1 枠組み:特定技能に関する二国間協力覚書(MOC)
日本は「特定技能」制度の導入にあたり、多くの労働者送り出し国との間で二国間協力覚書(MOC: Memorandum of Cooperation)を締結しています。その目的は、悪質な仲介業者を排除し、労働者の権利を保護し、両国間で円滑かつ適正な人材の移動を確保することにあります 。
しかし、ミャンマーのように政府が労働者の移動を厳格に管理する国との間では、このMOCが結果として、政府の強力な介入を各手続き段階で正当化・固定化する枠組みとして機能してしまっている側面があります。
3.2 難関:ミャンマーの多層的承認プロセス
法務省が公開している公式な手続きフローに基づくと、日本企業からの一個の求人が、候補者の選定に至るまでに、いかに長く複雑な官僚手続きを経なければならないかが明らかになります 。
求人票の提出: 日本の受け入れ企業は、まず政府認定のミャンマー送り出し機関に求人票を提出します。
承認リレーの開始: ここから、求人票は複数の政府機関を巡る長い旅に出ます。送り出し機関は、この求人票をミャンマー労働・入国管理・人口省(MOLIP)、在日ミャンマー大使館、そして「教育・健康・人材開発委員会」といった複数の組織に回覧し、それぞれの承認を得なければなりません。
募集活動の許可: これら全ての機関から承認印を得て初めて、送り出し機関は、その特定の求人に対して候補者を探す活動を開始することが許可されます。
二重の申請プロセス: 候補者が見つかり、雇用契約を締結した後も、手続きは終わりません。日本側では受け入れ企業が出入国在留管理庁に在留資格認定証明書(COE)を申請し、同時にミャンマー側では労働者が送り出し機関を通じてOWICの申請を行うという、二つのプロセスが並行して進みます。両方が揃わなければ、最終的なビザ発給には至りません。
この「募集開始前に求人そのものの承認を得る」というプロセスが、ミャンマー手続きの最大の特徴であり、時間と不確実性を増大させる主要因となっています。
3.3 比較分析:他国との手続きの違い
ミャンマー手続きの特異性を理解するために、他の主要な送り出し国であるベトナム、フィリピンとの比較が有効です。以下の表は、特定技能ビザ取得における各国の手続きの要点を比較したものです。
表1:特定技能外国人 採用手続きの国際比較
特徴 | ミャンマー | ベトナム | フィリピン |
必須の仲介機関 | 認定送り出し機関 | 認定送り出し機関(新規採用時) | 認定送り出し機関 |
主要な政府管轄機関 | MOLIP、大使館、複数委員会 | DOLAB(海外労働管理局) | DMW / MWO(移住労働者省) |
必須の出国・就労許可証 | OWIC (海外労働身分証明カード) | 推薦者表 (Recommendation Letter) | OEC (海外雇用許可証) |
手続き上の核心的障壁 | 採用活動開始前に、求人票自体が複数の政府機関を巡回し承認を得る必要がある。 | 受け入れ企業と送り出し機関が結んだ「労働者提供契約」をDOLABという単一機関が承認する。 | 日本の受け入れ企業自身がMWO/DMWに直接審査・登録される必要がある。 |
内包されるリスク | 最高レベル:不透明な多層的承認プロセスが、遅延と政治的介入の最大要因となる。 | 高レベル:DOLABによる中央集権的管理だが、ミャンマーよりは承認経路が明確。 | 高レベル:日本の受け入れ企業に直接的な登録義務があり、手続き負担が大きい。 |
この比較から明らかなように、3カ国とも政府の監督下にありますが、ミャンマーのプロセスは「求人承認」の段階が最も複雑で、複数の機関が関与するため、手続きが停滞するリスクが構造的に最も高いと言えます。ベトナムはDOLAB、フィリピンはDMW/MWOという、より中心的な機関が手続きを管理しており、相対的にプロセスが明確です。この違いを理解することは、採用計画におけるリスク評価の根幹を成します。
企業の防衛策:法的リスク、デューデリジェンスと不法就労の防止
ミャンマーの政情不安は、日本企業にとって単なる採用の遅延や困難さ以上の、より深刻な法的リスクをもたらします。それは「不法就労助長罪」に問われる危険性の増大です。このリスクから企業を守るためには、これまで以上に厳格な本人確認と在留資格の検証が不可欠となります。
4.1 雇用主の重責:「不法就労助長罪」
「不法就労助長罪」は、日本の出入国管理及び難民認定法(入管法)第73条の2に定められた犯罪であり、外国人雇用の根幹をなす法律です 。この法律は、不法就労を行った外国人本人だけでなく、そうした状況を助長した雇用主にも厳しい罰則を科すことで、国内の労働市場と在留管理制度の根幹を支えています。
雇用主がこの罪に問われる典型的なケースは以下の3つです。
不法滞在者の雇用: 在留期間を超えて滞在している者(オーバーステイ)や、そもそも有効な在留資格を持たない者を雇用するケース 。
就労不可の在留資格者の雇用: 「短期滞在」や「留学」(資格外活動許可なし)など、原則として就労が認められていない在留資格の者を雇用するケース 。
在留資格の活動範囲外での就労: 「技術・人文知識・国際業務」の在留資格を持つ者に工場での単純作業をさせたり、「留学」の在留資格を持つ者を法律で定められた週28時間を超えて働かせたりするケース 。
この法律の最も重要な点は、罰則の厳しさと「過失」の扱いです。違反した場合、3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金、またはその両方が科される可能性があります 。そして、たとえ雇用主が「不法就労であるとは知らなかった」と主張しても、
在留カードの確認を怠るなどの注意義務違反(過失)があったと判断されれば、処罰を免れることはできません 。
ミャンマーの情勢不安は、生活に困窮し、あるいは徴兵から逃れるために、藁にもすがる思いで来日しようとする人々を生み出します。このような状況は、偽造された在留カードを斡旋したり、不法な就労を勧めたりする悪質なブローカーが暗躍する土壌となります。結果として、日本企業が偽造カードを持つ者や、不法就労を意図する者と接触するリスクは、平常時よりも格段に高まっていると認識すべきです。
4.2 雇用主の盾:在留カード検証の三層プロトコル
このような増大したリスクに対し、企業は自衛のために、採用時に行う在留カードの確認プロセスを標準化し、徹底する必要があります。以下に、確実性を高めるための「三層検証プロトコル」を提示します。これは、すべての人事担当者が実行すべき標準作業手順です。
第1層(基礎):目視による確認
確認項目: 顔写真と本人が一致しているか、氏名、在留資格、在留期間の満了日などを確認します 。
偽造防止策のチェック: 在留カードには精巧な偽造防止策が施されています。カードを傾けることで色が変わる「MOJ」のロゴ、立体的に動いて見えるホログラム、カード左端の色変化帯などを注意深く観察します 。
限界: ただし、近年の偽造技術は向上しており、精巧な偽造品は目視だけでは見破れない可能性があることを認識しておく必要があります。この段階は必要ですが、十分ではありません 。
第2層(中級):オンラインデータベースによる失効情報照会
使用ツール: 出入国在留管理庁の公式ウェブサイトにある「在留カード等番号失効情報照会」サービスを利用します 。
目的: このツールは、提示されたカードが偽造かどうかを直接判定するものではありません。その目的は、紛失や盗難などで届け出があり、失効扱いになっている正規発行カードの番号かどうかを照会することです。これにより、本物のカードが悪用されるケースを防ぎます。
第3層(最高水準):公式アプリによるICチップ情報の読取り
使用ツール: 出入国在留管理庁が無料で提供している「在留カード等読取アプリケーション」を使用します。このアプリはスマートフォン(iOS/Android)およびICカードリーダーを接続したPCで利用可能です 。
検証プロセス: アプリを起動し、在留カードに内蔵されているICチップの情報を読み取ります。成功すると、ICチップに記録されている顔写真、氏名、在留資格などの公式情報が画面に表示されます。
最終判定: 担当者は、アプリが読み取った画面表示と、手元にある物理的なカードの券面表示を比較します。
アプリがICチップを読み取れない。
読み取った情報(特に顔写真)が、券面の内容と少しでも異なる。 このような場合は、偽造または改ざんされている可能性が極めて高いと判断できます。その際は、採用を直ちに中止し、最寄りの地方出入国在留管理官署に通報することが、企業の法的責任を果たす上で正しい対応となります 。
この三層検証プロトコルは、もはや「推奨されるベストプラクティス」ではなく、ミャンマー情勢のような地政学的リスクが高まった現代において、企業が自らを守るための「必須の防衛策」と位置づけるべきです。
戦略的結論:不確実性を乗り切るために
ミャンマー軍事政権による一連の出国制限措置は、日本企業にとって、労働力確保のあり方を根本から見直すことを迫る重大な転換点です。本記事の分析を踏まえ、企業が取るべき戦略的な結論と具体的な行動計画を以下に示します。
5.1 現状評価:高リスク・低予測可能性の環境
本記事で明らかになった点を要約すると、ミャンマーからの人材雇用を取り巻く環境は「高リスクかつ予測可能性が極めて低い」状況にあると言えます。
新規採用について: 軍事政権の厳格なクオータ制と意図的な手続きの遅延により、採用プロセスは著しく長期化し、計画の見通しが立ちません。2025年の新規渡航者が半減するとの予測は、現実的なリスクとして受け止めるべきです [Nikkei Article]。
既存従業員について: 日本で就労中のミャンマー人従業員にとって、母国への一時帰国は、徴兵や再出国不許可のリスクを伴う重大な決断となります。
手続きの複雑性について: ミャンマーの採用手続きは、他国と比較して構造的に複雑であり、政治的な意図による介入を受けやすい脆弱性を内包しています。
これらの要因は、すべてミャンマー軍事政権の国内政策に起因しており、日本企業側でコントロールすることは不可能です。したがって、今後の事業計画は、この不確実性を前提として構築する必要があります。
5.2 雇用主のための戦略的行動計画
この困難な状況に対応するため、企業は短期的・中期的・長期的な視点から、以下の行動計画を検討すべきです。
短期的措置(戦術的対応)
COE取得済み人材への対応: 現在、在留資格認定証明書(COE)を保有し、OWICの発行を待っているミャンマー人候補者がいる場合、直ちに「受入れが可能であることの申立書」を作成・送付し、COEの有効期間を6ヶ月に延長する特例措置を確実に活用してください 。
既存従業員へのリスク周知: 全てのミャンマー人従業員を対象に、一時帰国に伴うリスク(徴兵、再出国不可の可能性)について、公式な説明会を実施してください。その内容を記録として残すことも重要です。
検証プロセスの厳格化: 本記事で提示した「在留カード検証の三層プロトコル」を、国籍を問わず全ての外国人採用における標準作業手順として即時導入し、社内に徹底してください。これは企業の法的防衛力を高めるための最優先事項です。
中期的戦略(オペレーションの調整)
送り出し機関の選定: 今後もミャンマーからの採用を継続する場合は、長年の実績があり、現地の最新情報に精通し、コンプライアンス意識の高い、最も信頼できる認定送り出し機関とのみ協業してください。MOLIPとの進捗状況について、透明性の高い報告を求めることが重要です。
計画へのバッファー導入: ミャンマーからの新規採用を計画に組み込む際は、採用から就労開始までの期間として、最低でも6ヶ月から1年程度の十分な余裕(バッファー)を設ける必要があります。
長期的戦略(ポートフォリオの多様化)
単一国依存からの脱却: 日経新聞の記事が示唆する核心的な教訓は、政治的に不安定な一国に労働力を過度に依存することの経営リスクです。この機会に、人材獲得先の多様化を本格的に検討すべきです。
新たな供給源の開拓とリスク評価: 記事ではバングラデシュやスリランカが新たな候補として挙げられていますが、これらの国々もまた、それぞれ政変や財政破綻といった固有の政治・経済リスクを抱えています [Nikkei Article]。
リスク分散の思想: 究極的な目標は、「リスクのない国」を見つけることではありません。開発途上国からの労働力確保には、常にある種のリスクが伴います。正しい長期戦略とは、金融投資のポートフォリオ理論と同様に、労働力の供給源を複数の国に分散させることで、一国への集中リスクを軽減する「人材ポートフォリオ」を構築することです。
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